大阪高等裁判所 昭和25年(ナ)4号 判決
原告 松浦又治郎
被告 滋賀県選挙管理委員会
一、主 文
被告が訴願人重田源治郎の提起した蒲生郡桐原村長選挙における当選人松浦又治郎の当選無効に関する訴願につき、昭和二十五年四月十一日なした「昭和二十五年二月二十一日蒲生郡桐原村選挙管理委員会がした訴願人に対する異議決定はこれを取り消す。
昭和二十五年二月十八日開会の同村長選挙会における当選人松浦又治郎の当選を無効とする」旨の裁決はこれを取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
二、事 実
原告は主文同旨の判決を求め、その請求原因として主張するところは原告は、昭和二十二年四月五日施行の蒲生郡桐原村長選挙の候補者であり、同二十五年二月十八日開会の同村長選挙会において、村長に当選就任したものであるが、右桐原村は昭和二十一年一月八日安土村外六ケ町村耕地整理組合連合会及び滋賀県から、蒲生郡桐原村幹線水路及びこれに沿う府県道鷹飼江頭線道路改良工事を請負つたところ、右工事中の橋台全部、石工、胴木入、裏込等石垣専門技術を要する工事を同年三月九日重田源治郎に下請負せしめる旨の契約を締結し、同人は右下請工事の約四割を施行した途中において、昭和二十二年四月五日施行の前示桐原村長選挙に当選し、同月六日当選の告知を受け翌七日当選承諾書を提出して爾来同村長に就任したものである。
しかし昭和二十一年法律第二十九号改正町村制第六十五条は村長はその村に対し請負をなすことを禁じ、地方自治法第百四十二条もこの趣旨を踏襲してをり、この規定は固より強行規定であるから、村に対して請負をする者がその村長に当選したときは、請負関係を罷めて後に当選承諾をしなければならないものであり、然らざるときは、その当選承諾は無効であるといわなければならない。
しかるに重田源治郎は前記のように、桐原村に対して工事請負中その村長に当選し、請負関係を罷めることなくして、当選承諾をしたものであるから、その承諾は無効であり、延いて承諾なきに帰し右町村制第二十九条第三項第四項、第六十一条の十五により当選を辞したるものと看做される結果当選を失つたものであることは法律上当然の効果というべきであり、村長に就任したとしても同時に失格するものであることは明かである。従つて重田源治郎は正当に村長になり得ない者でありながら誤つて村長の職にあり且つ法律に反してなおその村との請負関係を続けているわけであるが、桐原村選挙管理委員会は右の法律上当然生ずる効果を確認するため、昭和二十四年十二月二十五日、前示の理由によつて重田源治郎は当選を失つたものなる旨決定しその旨の告示をすると共に、同人にもこれが通知をした。
この決定に対しては地方自治法第六十六条以下の異議訴願等の申立なく右決定は確定したのであるが、次いで、同二十五年二月十八日桐原村長選挙会は右決定確定の上に立つて右村長選挙の次点者として法定得票数を得た原告の繰上当選を決定し、同村選挙管理委員会はこれを告示し、原告は同年二月二十一日当選承諾をしたものである。
しかして右決定に対して同日重田源治郎は桐原村長として同村選挙管理委員会に異議の申立をなし、同委員会は同月二十一日村長として異議申立をすることの適法でないこと及び前示原告主張のような理由で重田源治郎は当選を失つたもの、従つて原告の繰上当選決定は適法なりとしてこの異議の申立を却下しその旨の告示をしたところ、これに対して同月二十七日重田源治郎は個人として被告に訴願を提起し、被告は同年四月十一日主文記載のごとき裁決をなし同日これを告示したのである。
右被告の裁決の理由とするところは要するに、桐原村と重田源治郎との請負契約に昭和二十二年三月三十一日合意解約によつて消滅し同人の桐原村長に就任後は同人は桐原村に対して単に右工事の人夫を斡旋したものにすぎないものであるとする。
しかしながら桐原村と重田源治郎との請負関係は前示の通りであるから、被告の右裁決は事実の誤認に基くものであつて失当であるから、これが取消を求むというにある。
なお、被告の答弁に対して、町村がその区域内に属する、土木水利等の事業を町村のため請負することは一般に行われているところであつて、町村の事務として有効なるは勿論である。
被告は桐原村選挙管理委員会が昭和二十五年十二月二十三日原告の桐原村長繰上当選決定を取消しさらに、同月二十九日右「取消」を重ねて取消したから、前の取消によつて本訴請求はその利益がなくなつたと主張するが、原告は右事実を争うのみならず、選挙管理委員会は選挙の事実の上に立つて、その結果を宣言し得べき権限はあるが、何等の理由なく、その行政行為を取消し得べきものでないから、前の取消は無効であり、後の取消はこのことを確認するためにさらに取消したものでありこの取消こそ有効であらねばならぬ。
又村が道路工事、水利工事を請負うためには村会の議決を必要としないのみならず、現実に桐原村が右のごとき工事を請負い、且つ重田源治郎にこれが下請負せしめた以上同人は桐原村に対する請負人として法の制限に服すべきものであるから、被告の主張はいずれも理由がないと述べた。
(立証省略)
被告は原告の請求を棄却する。との判決を求め、答弁として、訴外重田源治郎が原告主張のごとく蒲生郡桐原村長選挙に当選しその告示を受け、これが当選承諾をした事実は争わないが当時同人が桐原村に対して請負人の関係にあつたことを否認する。
しかして凡そ村なる行政法上の公法人の事務は町村制第二条に明定されており、村自ら注文者として業者と請負契約を締結することのできるのは当然であるが、第三者の事業につき自ら請負人となることは原則として無効というべきである。被告は原告主張のような工事を桐原村が請負つた事実を争うが、かゝる事実があつたとしてもその契約は右の理由によつて無効であり、従つて桐原村と重田源治郎間に原告主張のような請負契約があつたとしてもこれ又無効なることは明かである。原告の桐原村が請負つたと主張する工事中、滋賀県の事業である道路改良工事については、村会の議決を要すべきものであるのにその議決なく、又耕地整理組合連合会の事業である水路工事については、村として請負い得べき法律上の根拠はない点から見ても、右両工事は結局桐原村の請負つたものでなく、村当局吏員及び村会議員の一部の者の合同体において、村民の利益のため事業主である耕地整理組合連合会及び県の諒解の下にこれを代行したものというべく、重田源治郎が仮りに右工事の下請負をしたとしても、桐原村に対する請負とはいい得ないのみならず、同人は右共同体に対して担当していた石垣その他技術的方面の工事も昭和二十二年三月末日頃これを廃止し、又形式的方面より見るも本工事は昭和二十一年五月三十一日竣工届済となつてをり、これを要するに同人は村長当選当時全く本工事と遊離していたもので毫も桐原村と請負関係にあつたものではない。
しかして右重田源治郎の本件選挙における当選承諾は、当時施行中の旧町村制第六十条の十五において準用する同第二十九条に基いてなされたものであるが、右二十九条を改正前の同条に参照すると、当時施行中の旧町村制では村に対し請負をなす者が当選したときは、その請負を罷めた後に非ざれば当選に応ずることを得ず、法定期限前にその旨を申立てなければ当選を辞したるものと看做すとあつたのを特に削除しているのであるから、重田源治郎の当選受諾は適法であつて、決して当選を辞したものと看做される余地はない。故にもし同人が当時桐原村に対して請負関係にあつたとしても、当選と同時に請負関係を罷めればよいわけである。なお桐原村選挙管理委員会は本件選挙より約三年近く経過した昭和二十四年十二月二十五日重田源治郎の当選無効確定決定をなし、又同村選挙会は同二十五年二月十八日原告の繰上当選を決定したのであるが、前示のとおり同人の当選は有効であるから右確認決定、繰上当選決定は当然無効であるというべく、殊に選挙会は本件選挙当時既に任務を果したと解すべきであるから、なおさらその後においてなされた右繰上当選決定は無効なりと論断せねばならぬ。
しかも桐原村選挙管理委員会はその後昭和二十五年十二月二十三日原告の村長繰上当選を取消したから、原告は本訴請求の利益を失つたものというべきである。尤も同委員会は同月二十九日再び右取消決定を取消したけれども、一旦消滅した原告の村長たる身分は、さらにその身分を付する決定のない限り取消決定の取消で当然回復するものではない。原告の本訴請求はこの点で結局棄却せらるべきものである。と述べた。
(立証省略)
三、理 由
原告が昭和二十二年四月五日施行の滋賀県蒲生郡桐原村長選挙の候補者であつたこと、訴外重田源治郎が右選挙に当選し同月六日当選の告知を受け、翌七日当選承諾書を提出し爾来同村長に就任したものであるところ、同村選挙管理委員会は昭和二十四年十二月二十五日に至り右重田は村長当選当時桐原村と請負関係にあつたものとして同人の当選を失つた旨の決定をなし、これに対して異議訴願等の申立がなかつたので右決定は確定し、次で同二十五年二月十八日桐原村長選挙会は右選挙の次点者として法定の得票数を得た原告の繰上当選の決定をしたことは、被告の争わず又は明かに争わないところである。
被告は、重田源治郎は、本件選挙当時桐原村と請負関係がなかつたのみならず、当時施行の町村制の規定より見て、同人の村長当選は有効であると主張するけれども、その然らざることは後に説明するとおりであり、なお選挙会は選挙当時その任務を果したものであるから、右繰上決定は当然無効であるというが繰上当選のための選挙会は前の選挙の結果を決定するための選挙会の継続に外ならないものであつて、固より選挙当時の選挙会が繰上当選を決定すべきものであるから、選挙会は選挙当時その任務を了しその後は右のごとき決定をなす権限がないとする被告の主張は採用し難い。
そして右繰上当選決定に対して、同日重田源治郎より桐原村選挙管理委員会に異議を申立て、同委員会がこれを却下したので同人は被告に訴願を提起し、被告は同年四月十一日原告主張のごとき理由の下に主文記載のような裁決をなしたことは又被告の明かに争わないところである。
そこで重田源治郎が果して桐原村長就任当時、同村と請負関係にあつたかどうかを調べて見るに、証人大橋伊右衞門の証言によつてその成立を認め得る甲第四号乃至第七号証、証人中島英一の証言により成立を認め得る甲第十、十一号証、証人大橋伊右衞門、西義光、大黒与三松、中島英一、高木升司の各証言を綜合すると、桐原村は昭和二十年末頃安土村外六ケ町村耕地整理組合連合会から蒲生郡桐原村幹線水路工事を、滋賀県から右水路に沿う府県道鷹飼江頭線道路改良工事を請負うたが、右工事中の橋台全部、石工、胴木入、裏込等の部分を、昭和二十一年三月頃同村より重田源治郎に請負わしめる旨の契約が成立し、同人において、右下請負工事の施行中、前示のごとく翌二十二年四月五日施行の同村長選挙に当選し同月六日その告知を受け、翌七日当選承諾書を提出し同村長に就任したのであるが、その後も右下請負関係を継続してをり、その間絶えて右契約を解約するごとき事実のなかつたことを認むるに十分であつて、この認定に反する証人重田源治郎の証言は到底信じ難くその他右認定を動かすに足るべき証拠は存在しない。
被告は村のごとき行政上の公法人は、第三者の事業について自ら請負人となることはできないというが、村のごときいわゆる地方公共団体はその本来の目的からいつて、住民の共同の利益のためには各種の事業を営み得るのは当然であつて、前示西義光の証言によれば本件工事の結果は桐原村民を利すること多く村民よりの要望によつて、村自らこれを請負うに至つたことは明かであるから、右主張は採用できない。又被告は桐原村の滋賀県よりの請負工事については、村会の議決を経ていないから桐原村として請負したものと断定し得ないと論ずるけれども、証人西義光の証言によれば、当時村長等においては右請負について村会の議決を要すべきや否やに考え及ぶことなくして契約を結んだことが認められるから、右議決がないからといつて直ちに被告主張のごとく右契約は村とはなれて、村当局吏員及び村会議員の一部の合同体の締結したものというを得ない。
尤も村会の議決を要すべき事項について、そのことなくして契約を締結した場合においてその効果如何は必ずしも疑問なしとしないが、一般的代表権を有する村長がこれをなした以上、村長の内部的責任はとにかく、少くとも善意の第三者に対しては有効なりと解するを相当とするから、本件桐原村の請負契約及び重田源治郎の下請負契約について、仮りに村会の議決がなかつたとしてもこれを無効なりと断ずることはできない。これを要するに重田源治郎と桐原村との間には同人の同村長就任当時有効な請負関係があつたものといわざるを得ない。
しかして前示重田源治郎の桐原村長就任当時施行の町村制(昭和二十一年九月二十七日法律第二十九号)には、村に対して請負をなす者はその請負を罷めなければ村長の当選に応ずることができない旨の規定のなかつたことは被告のいうとおりであるけれども、その第六十五条には村長はその村に対し請負をなすことができないと規定しているから、重田源治郎が村長就任当時桐原村と請負関係にあつたこと前示認定のごとくである以上、同人は結局就任と同時に右第六十五条に違反するものとなるわけである。
そして右規定の趣旨は、村に対して請負をなすもののごときはその村の村長たる適格を有しないとするにあるから、重田源治郎は就任と同時に村長の被選挙権を有しなくなつたものというの外はない。
果して、然らば桐原村選挙管理委員会が地方自治法施行後なる昭和二十四年十二月五日前示のような理由で右重田源治郎が当選を失つた旨決定し、この決定が確定した上同二十五年二月十八日桐原村長選挙会が法定の次点者である原告の繰上当選を決定したのはいずれも正当である。然るに被告は、重田源治郎は桐原村長就任当時同村に対して請負のなかつたものとの誤つた前提の下に、前示桐原村選挙管理委員会及び同村長選挙会の決定を取消す旨の裁決をしたのであるから、この裁決はもとより違法であつて取消を免れない。
被告はさらに、桐原村選挙管理委員会は、昭和二十五年十二月二十三日原告の村長繰上当選を取消したから原告は本訴請求の利益を失つたと主張するが、その取消の理由は不明であるというのであるから、右取消は理由なくなされたるものと認むるの外なく、しかして選挙管理委員会が選挙会の決定を何等の理由なく取消すごときは到底有効になし得るところではない。
以上説明のように原告の本訴請求は正当であるから、これを認容し訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条に従い、主文のとおり判決する。
(裁判官 大野美稲 熊野啓五郎 福本一)